恒例のイギリス訪問を円安と現地の物価高、それと洪水の被害が一緒くたになって直撃して、出費と挫折感とを煽り立てました。イギリスに抱いていた感興をいたくそがれていきました。人は私にどうして毎年夏に他の国ではなくイギリスばかりに行くのか、と尋ねます。そんなときはイギリスを征服し終えたらヨーロッパ大陸に行くつもりですと答えることにしています。去年の夏にグラスゴーにあるライトハウスという有名なマッキントッシュの建築の一つを訪れた後に、その近くにあるパブで若いカップルと同席し、お喋りをしました。男性はグラスゴーで育ち今も住んでいて、女性はニュージーランドから数年前にやってきたとのことでした。私は彼らの質問に答えてグラスゴーがスコットランドの他の土地に比べて無秩序に感じると話しました。彼は反論を抑えているように感じられ、彼女の方は私の考えに肯定的なように感じられました。更に彼女はまだ損なわれていない特別な島として、アイオナ島を紹介してくれました。そしてこの夏、それが期待にたがわぬことを実感しました。イギリスにはまだまだ、訪れて絵を描きたい場所が沢山あります。
帰国してから私の勤める学校で高校生を対象とした「英語でアート」という10日間の講座を担当しました。今年は印象派を取り上げました。ピエール・オーギュスト・ルノワールは彼の死の少し前に友人に「私は絵について何か少し分かり始めたようだ」といったそうです。私は自分の最期の言葉としてこれをとっておこうと思います。ただちょっと心配なのは、間違ってその代わりに「私はイギリスについて何か少し分かり始めたようだ」と言ってしまいそうだということです。
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英語には一人になって清々としたいという、積極的にそうなりたい孤独(solitude) と一人ぼっちで寂しいという、できればそうなりたくない消極的な孤独(loneliness)の二つの意味の違う孤独があります。 日本ではもっぱら消極的な孤独が幅を利かせていて、積極的にそうなりたい孤独を一語で表す適当な言葉は思い浮かびません。 英語の、居住地を分けられる (segregation)と隔離される( isolation)もわれわれには簡単に区別がつきにくい表現です。 彼の奥さんが実家に帰国している間に英国人の友達が「平和なときを楽しんでいる」と言ったときに、私はその表現がとても新鮮に感じられました。いろいろあるだろうけれどわれわれ日本の多くの男性は妻が不在の時にはさまざまな不便と直面し、また穏やかならぬ気持ちになるのではないでしょうか。 私はというと外国にでると、一人を楽しみ、静かな気持ちで満たされて絵をたくさん描けます。けれどもその絵を持って帰国するときはもっとうれしいと感じているのかもしれません。
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